薄味のラブロマンス、ミステリ仕立て
「空蟬処女」(横溝正史)
(「横溝正史ミステリ
短篇コレクション⑥」)柏書房
「空蟬処女」(横溝正史)
(「空蟬処女」)角川文庫
「空蟬処女」(横溝正史)
(「消すな蠟燭」)出版芸術社
月を愛でていた「私」の耳に
聞こえてきた美しい歌。
声の主は
うら若き乙女であったが、
なぜか魂が抜けたように見えた。
その娘は空襲の衝撃で
記憶を失っているのだという。
そして時折発作に襲われ、
「坊や坊や」と泣くのだという…。
横溝正史の短篇ミステリです。
殺人事件などではなく、
薄味のラブロマンスなのですが、
この記憶を失った娘の素性を
解き明かすという
ミステリ仕立てになっているのです。
【主要登場人物】
「私」
…岡山に疎開してきた作家。
珠生
…空襲によって記憶を失った女性。
本堂家が面倒を見ている。
本堂啓一
…復員してきた本堂家長男。
本道祥子
…啓一の妹。
浅原芳郎
…落ちぶれた流行歌手。
珠生の素性を語る。
本作品の読みどころ①
処女か人妻か?それが問題だ
本作品の謎解きはどこか?
それは珠生の素性を探る部分です。
ところが、
関係者がしきりに気にしているのは
「処女か人妻か」であり、
これが時代を感じさせます。
啓一が珠生に一目惚れして
嫁にほしいと願うものの、
珠生がかつて人妻であれば
名家である本堂の嫁としては
迎え入れられず、
だから「処女か人妻か」を
気にしているのです。
浅原の証言によって、
珠生は赤子を宿した過去があることが
わかるのですが、それが最後に…。
本作品の読みどころ②
薄味のラブロマンス
その啓一と珠生の
ラブロマンスとしての
作品なのでしょうが、
そうした部分は
ほとんど記されていません。
啓一が復員してきたとき、
玄関前を掃除していた珠生を
妹の祥子と勘違いして
目隠ししてしまい大慌てしたこと、
珠生が行方不明になったときに
夢中になって探し回ったこと、
珠生の本当の素性が明らかになって
大喜びしていること、
そうした部分しか
描かれていないにもかかわらず、
啓一の恋愛感情は
十分に読み手に伝わってきます。
「私」と啓一の
最後のやりとりが絶妙です。
「先生のおっしゃる空蟬処女は
もう空蟬ではなくなりましたよ」
「まもなく処女(おとめ)でも
なくなるんじゃないのですか」。
本作品の読みどころ③
昭和50年代に発掘、幻だった作品
さて、本作品は角川文庫に収録された
短編集の表題にもなっています。
この作品集は昭和58年発行、
つまり横溝没後に
出版されているのです。
それは未発表のまま
行方不明となっていた本作品の原稿が、
実に30年ぶりに
発見されたためなのです。
2006年に横溝正史旧宅物置から
生原稿五千枚が
発見されたことをきっかけに、
現在では生前未発表作品が
相次いで刊行されるように
なりましたが、
当時は大発見だったはずです。
いつもはおどろおどろしい横溝の、
ちょっと珍しい
薄味のラブロマンス・ミステリ仕立て。
ぜひご賞味ください。
(2021.5.31)
〔追記〕
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(2023.8.22)
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